ミニマリズムと仏教は似ている

自らの生活に物足りなさを感じた時、人によっては新しいものを買ってその空白を埋めようと試みます。物質的な欲求は一時的に私たちに誤った満足感を与え、その満足感が時間と共に薄くなると、また新しい欲しいものを探し始めるのです。

ミニマリズムと仏教は似ている

先週末、私はミニマリストによる新しいNetflixドキュメンタリー、ミニマリズム: 本当に大切なものに出会いました。ミニマリズムやミニマリストの考え方に慣れ親しんでいますが、このドキュメンタリーは私にその概念と仏教への類似性について少し深く考えさせられました。

ドキュメンタリーでは、ミニマリズムのルーツと、ミニマリズムが周囲、行動、思考にどのように気づかされているかを説明しています。この『気づく』ということが日本人にも親近感のある仏教の教えによく似ているのです。

私たちはこの世界で私たち自身の選択と決定を自由に行うことができます。そして、私たちの日常生活の中で物質的なものに力を与えることやコントロールすることができます。テレビの広告や、仲間からのプレッシャー、そして新しいものがキラキラして自分を変えてくれると思う。近年社会で常に周りの環境と自分自身の欲望により、物欲と戦うのが難しくなってきています。

ドキュメンタリーは、モノに対する物欲を満たすだけだと私たちの持続的な幸せは得られないと語ります。物欲は一つ満たされれば、また一つ出てくる。破産するまで終わることのない悪循環だと語ります。

これと同じ概念が仏教で4つの教えで伝えられてきます。渇望と無知が私たちの多くの苦しみの2つの主な原因であることに焦点を当てています。自らの生活に物足りなさを感じた時、人によっては新しいものを買ってその空白を埋めようと試みます。物質的な欲求は一時的に私たちに誤った満足感を与え、その満足感が時間と共に薄くなると、また新しい欲しいものを探し始めるのです。

仏教とミニマリズムの両方がより多くの欲求について話すだけでなく、両方とも手放す美学も追求します。仏教では、物欲などの感情や欲求を手放すのは、急がず、快くするべきだと教えます。慎重に、時間をかけて、なぜこのような感情を持っているのか自覚するようことから始めます。そこで、私たちの感情でも欲望は自らを象徴するものではなく人生の経験以上に過ぎないと実感するのです、

仏教を考えるにつれて、自らのライフタイルも自然とミニマリズムに移行します。ミニマリズムは、あなたに絶対必要不可欠なもの以外を全て捨てるのではなく、自らの人生に価値をもたらすものをキープする考えです。

物質的な観点から人生に何をもたらすかを意識しせず、読書家は本を読みそれを楽しむのであれば、本を集めたり、ワインが好きで、そしてワインを一緒に分かち合う人々との時間がかけがいの人はワインコレクションがあってもミニマリストでいられるということです。
私たちが自分の行動、欲望、感情に気づくようになると、物事は非常に簡単かつ明確になります。私たちが私たちの感情や欲望ではないのと同じように、私たちは私たちの所有物やアイテムでもありません。

ミニマリズムは、人々が人生に価値をもたらすものを疑問に思うのに役立つライフスタイルです。人生の道から混乱を取り除くことで、私たちはすべて、人生の最も重要な側面である健康、人間関係、情熱、成長、そして貢献に余地を作ることができます。